ポーランド・ワルシャワ公演


2004年5月4日
ポーランド・ワルシャワ公演
ドヴォルザーク没後100周年記念コンサート

「スターバト・マーテル」ソプラノソリストとしてポーランド国立放送交響楽団と協演
会場 ポーランド国立放送ホール 
in Warsaw

「張り合ったら負ける・・・」オケに対してのそんな思いはもう消えていた。リハーサルの時とは確実に違う雰囲気があった。自分自身の歌に関して細かい課題は残るものの本番はとても歌いやすかったのは事実。何か吹っ切れたようなそんな感覚だった。
ホールでの響きは極力注意している。そうでないと、時には芯がなく残響だけ聴こえてしまう恐れがあるからだ。ホールに声が乗った時、そこで初めて本来の響きというものが生まれる。それには常にホールと友達になる
ことが大切です♪
現地、ワルシャワに貼られたコンサートの
ポスター🎶 日の丸に縦書きの曲名が印象的です!

ゲネプロにて🎵

協演したオーケストラ(ポーランド国立放送交響楽団)は最初の立ち上がりは正直言って遅かったが、どこか淋しげな東欧の郷愁を醸し出すようなノスタルジックな音色がとても印象に残った。
また、今回はコンディションを考えてリハーサルではかなり守りの姿勢で臨んでいた私にとっては綿密な調整が必要だった。というのはオケの音量がかなりのヘビー級だったからである。おそらくプレーヤーの一人一人が
高い技術を持っている為であろう。
「音が出る」とはまさにこの事。しかも本番ではしっかりと歌に付けてきてくれた。
オケの重厚な響きはソリストにとって非常に重要です🎵
歴代ポーランド王の
居城バベル城にて
Wawel Royal Castle
ポーランド・ワルシャワ公演での一コマ
公演後に訪れた郊外のクラクフにて

ワルシャワの旧市街

作曲家ドヴォルザークが生まれたチェコより少し北に位置する地ワルシャワでの公演だったが、東欧ということでやはりロシアの影響だろうか、一見、想像していたよりも静かで人々もどことなく閑散としているように
感じた。
度重なる戦乱による破壊、及び占領をされながらも、自分達の誇る文化を継承しようとしたポーランドの人々の不屈の精神が、戦前と
同じように再建されたこの旧市街の町並みによく表されているように思う
「Congraduation!」
終了後ステージにてブーケを手渡してくれた現地の合唱団員からの言葉。
演奏と共に心に残る響きでした🎵


 曲「スターバト・マーテル」について

「悲しみの聖母」と訳されるこの曲は十字架上の我が子イエスを見上げる聖母マリアの悲しみを表している。作曲者ドヴォルザーク自身が愛児を失った悲しみを描いたもので
あり、まさに心の浄化、癒しの為に音楽及び宗教に救いを求めた切なる思いが
切々と伝わってくる曲です。

        「ショパン&ベートーヴェン」

 今回、残念なことにショパンの生家に行くことはできなかったが、コンサートの合間の少ない時間の中、博物館を少しだけ見学することができた。その中で手紙、直筆の楽譜などその筆跡から彼の音楽及び物事に対する繊細さを改めて感じることができた。今さらではあるが、あれほどの歌心を持った数多くのピアノ曲を残したのに対し声楽曲が少ないのが残念に思う。(最も、もしオペラなどが多く残されていたら私はショパン独特のルバート感を歌で表現することに四苦八苦していたかもしれないが…)
祖国の暴動、独立革命への失敗に失望し、
その半生は亡くなるまでポーランドに帰る
ことはなかった。先日、友人に「ベートー
ヴェンは、実は生まれ故郷のドイツでは国を出た人間としてあまり良い印象では無いと聞いているが、同じ境遇のショパンはどうなのか?」と問われたことがあった。実はこの友人、英語は堪能、ドイツ語、イタリア語、ラテン語、フランス語にも通じている上に、宗教曲の歌詞なども趣味で暗記されるなどかなり多彩な方で、私自身にとっても、スターバト・マーテル(ラテン語)の発音について色々と詳しく勉強させて頂いたり、学生時代に唱歌を歌った(音楽と言われていなかった戦前)当時における、ご自身の音楽観などを聞かせて頂いたりと人生の先輩でもある方なのである。

ポーランドの人々にショパンに対する印象を直接聞くことはなかったが、私たちがショパンに抱いている一人の偉大な音楽家という印象は、きっとポーランドの人々も持っているのではないだろうか。また遺言により、聖十字架教会(ワルシャワ)に一度はポーランドを去った彼の心臓が納められていることなどから、ショパン自身も祖国を忘れることはなかったのだろう。
誰でも自分の生まれ育った地には特別な思いがある。例え苦悩があったとしても自分が原点に戻ることのできる場所、帰ることの出来る場所としていつもどこか心の片隅にあるものはやはり故郷ではないだろうか。
先に記したベートーヴェンは、不幸な境遇に置かれながらもその運命から逃げることなく最後まで作品を書き続けた。ショパンはポーランドの民族性を持つ作品(マズルカ、ポロネーズ)を多く残しており、それは自分の作品に祖国を投影することで最後まで祖国を愛したという彼自身の望郷の思いが込められたものである。

彼らにとって作品(曲)は、芸術家として生きた彼らの証であることに加え、自身の生きている証でもあったのだろう。

「極東の国から」という見出しで

紹介された現地での新聞記事


Japon ski chorWasei-Kai
Sprawa to od dawna znana -JaponczycyumielbiajaChopina. Kochaja go sluchac, kochajatez grac. Alewpierwszych
dniachmajadlaodmianyuslyszymy japonskichartystowwykonujacychmuzykeAntoninaDvorzaka.W przypadajaca
4 majasetna rocznice smierci wybitnegoczeskiegokompozytoraw radiowym studiu przyWoroniczazabrzmi
oratorium"Stabat Mater",dzielo owyjatkowymznaczeniuwtworczosciDvorzaka.Ujegopodstawlezyosobista
tragediasmierotrojgadzieci,ainspiracjabylsredniowiecznytekstsakralny.Powstalooratorium ocharakterze wreczmistycznym,
poznoromantycznej"gestosci"emocjonalnej, zpieknymiariamidlaczworgasolistow. Otworzylocalyciagdvorzakowskicharcydziel,ktoreprzynioslykompozytorowi swiatowaslawUslyszymy je w wykonaniu
japonskiego choru Wasei-Kai. Powstalw 1997 r., a tworza go mlodzi ludzie - studenci oraz absolwenci japonskich
szkol muzycznych. W repertuarze maja m.in. "Requiem" Mozarta, oratorium "Mesjasz" Haendla, IX Symfonie
Beethovena, z ktorymi koncertowali po Japonii oraz w Europie - Czechach i Austrii. Towarzyszyc im bedzie Polska
Orkiestra Radiowa, warszawski Chor Cantabile oraz 
solisci: Yukako Aoyagi (sopran), 
Naoko Togawa (mezzosopran)uznany w Europie bas Nobuaki Kyushiki oraz tenor Rafal Bartminski. Calosc poprowadzi Kazunori Matsuda. Studio
Koncertowe Polskiego Radia im. Witolda Lutoslawskiego, Woronicza 17, wtorek ]4 maja, godz. 18.30; powtorzenie
koncertu - Bazylika sw. Krzyza, Krakowskie Przedmiescie 3, groda 5 maja, godz. 20 (GW Stoleczna - asd)
Autor: infowarszawa
Data: 05-05-2004

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クラシックミュージックアーティスト 青柳有香子の活動報告です♪